統合すること。

僕がよく「社員さんがこうしてくれた」というので、
よく「ボトムアップのやり方ですね」といわれる。
「はあ。そうですねえ」といいつつ、どうも釈然としていない
自分に気づいた。

「社長ははっきりしないなー」と悪口(事実?)をいわれることもあるようだが、
「こうしたい」ということは結構頑固であるようにも思っているふしが
あるからだ。

確かに以前は「パソコンを買うのであれば、これこれ」ということまで
指示していたのだが、最近は設備の導入まで皆さんが検討してくださっている。

より抽象度の高いお願いを皆さんが受け取ってくれるようになって
いるからかもしれない。こういう自分にとっては、とてもありがたいことだ。

製造業においては品質とコストは対立する、といわれることがある。
けれど、目指しているのは「いいものを安く」提供することであるので、
この二つをあわせていくことは当然のことといわれるだろう。

けれど仕事の場においては、「職業人として組織で動く」ことと
「人間としての自由を生きる」という対立は、実は当然のことと
してとらえられていないように思う。

先日も突発的に忙しい部門に対して、リーダーの指示によって皆さんが
集まっていたが、そこではお互いにアイデアを出し合いながらスピーディーな
仕事をされていた。

また、人事の基本的な構造なども僕のほうから指示はするが、
次はだれがリーダーとしていいだろうか、などみんなで相談したり、
時には投票などをして考えてもくれている。

なぜ組織にとらわれるか、というと、組織に従うということが
唯一絶対の価値になってしまうからだろう。

僕たちの求める価値は、もっと遠くにある。
それはお客さまに喜んでもらえること、そして地域や
社会の繁栄であってほしい。そしてその結果はきっと
僕たちの幸せとしてもどってくるものと信じたい。

そういうものをしっかりお互いに握ることができれば、
「組織」であることと「自由」であることを一緒に考える
ことができると思う。

そもそも僕たちは工業製品ではないから。

とはいいつつも、僕自身この「組織」というものと
「人間」というものの間で翻弄している。
この二つを「統合」していこうとすればするほど、
自分自身の予想もつかない価値観や考え方が、
日々社内から噴きだしてくるからだ。

先日もNHKの英会話のテキストにこんな金言がのっていた。

「人間性にとっての最大の苦痛のひとつは、
新しい思想を受け入れる苦痛である。」
ウォルターバジョット(英国ジャーナリスト・経済学者)

仕事の苦痛はいやなものだが、この苦痛だけは
皆さんが上へ上へと向かっていることを感じさせてくれる
とてもありがたい苦痛なのかもしれない。

ちょっとマゾヒステックかなあ。

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あのときの衝撃。

それまでの価値観が変わるときには、どんな体験があるだろうか。
病の体験や大きな挫折、あるいは人との出会いと
いったものがあげられるだろう。

僕にとっては、本との出合いが自分の価値観を変える
きっかけとなるときがしばしばある。

先週ふと思い立って会社の共用本棚から取り出して読み返している
柴田さんの「40歳から会社で何をするか、どうするか」もそのうちの
一冊である。

6年前に手にしたときには、自分でもかなりの衝撃をうけた。
今見るとたくさんの線が引いてあるのだが、その中でも繰り返し
線が引いてある箇所が『立場で人を動かすという麻薬』という章
のなかにあるこんな文章だ。

「若くして立場で人を動かたり(して)しまうと、立場で人が動くのは
当たり前と認識してしまい、共感が人を動かすことの意味がわからなく
なってしまいます。こういうケースでは、どうしても人間としてのある種
決定的な欠陥をもっている人が出てきがちです。」

それまでは自分がよしとおもったら、納得具合などをいちいち
感じないようにしてきたのだが、その限界も感じ出していたころ
であった。このくだりでそういう違和感をおさえながら仕事をしていた
自分のあり方が白日のもとにさらされたようだ。

けれど相手の「腹に落ちてもらう」には、自分の中にある意図や思いが
うまく伝えられることが必要で、これをおざなりにしたためにあとで手痛い
代償を払わなければならないことを今でもよくやってしまう。

そういうことがおきるのも、立場だけで物事を進めることの違和感を
感じる人が増えているからともいえるだろう。それまでは、言われた事を
やる、という仕事の受け止め方はむしろ美徳とされ、疑問をもたれること
がなかったかもしれないからだ。

しかし基本的ルールや感覚的なものについてもその意図などを
考えていくと本当に説明できないことも多く、僕自身日々格闘を
しているような思いがある。

いずれにしろ「立場」をもちながらも、「立場」というものだけで仕事を
とらえないリーダーやメンバーが徐々に増えていっていることを
(自分自身があまりうまくできないだけに)本当に感謝をしている。

今回本書を読み返してみて、組織のめざす姿を、属するメンバーの
プラス面の集積とみるのか、あるいはマイナス面の是正とみるか、
という点にも改めて感じる所がある。

特に最近は「自分自身をどうとらえているか」ということと「自分の
属する組織をどうとらえているか」ということが一致するようだ。
組織の特徴を考えるのであれば、まず自分の特徴を肯定的に
とらえることだ、という自分自身のとらえ方の転換期でもある。

「動く側と動かされる側がそんなに明確に区別がつけられるようでは、
人を腹の底から動かすことはできません」
人間が本当に力をだせるときは結局こうやって一緒にうごくときか。

今は「会社を変える人の味方のつくりかた」というタイトルで
日経ビジネス人文庫におさめられているが、旧タイトルにあるように
この激動の時代に四十代をおくることの意味をあらためて考えている
昨今である。

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効率的にということ。

休日に年賀状の用意をした。
近年は業者さんに印刷を頼んでいたのだが
こういうご時勢なので、思い立って自分でやりはじめた。

といっても、素材をパソコンで編集する程度である。
最近は昔やっていた習字を(書道といえないところが悲しい)
たまにやったりするのだが、まだまだ年賀状に書けるまでに
いたっておらず、これからの課題だ。
「プリントごっこ」なんていう時代からくらべればずいぶん楽に
なったものだが、画像を調整したりいろいろ手間がかかる。

ところで、NHK-BSで「Cool Japan」という日本の文化を外国人の
目からみるという深夜番組があり、たまにビデオにとってみるのだが、
先日の「贈答」というテーマもおもしろかった。

ただの日用品でありながら、相手の好みをかんがえて選び、
さらにきれいな包装をして、風呂敷につつんでもって行く、
というのは外国の方からみると非常に手間のかかる
なんとも非効率な行為のように見えるようだ。

番組では、そういう手間をかけていることが日本の心(=Cool)
だというまとめだった。なるほど僕たちは物を贈るのでは
なくて、それまでの手間を相手におくっている、ということらしい。

日本の製品は手間をかけすぎたため機能が多すぎるという
批判もあるように、こういう日本人の心情が良くも悪くも
グローバルな見方から、はずれている面もあるだろう。

もちろん僕たちの仕事では、なるべく手間をかけずに
効率的にやることを追求していることには間違いない。
けれど、自分の視点から仕事を効率的にしていくことで
ほかの人がやりにくくなってしまう、ということが、社内では
問題になったこともある。

先日のオフサイトでは、出退勤や出張の申請のシステムをIT化して
いったのだが、手渡しやっていたときにできていたお互いに相手の
様子を理解できなくなることがむしろ問題に思え、紙にもどしたという話を聞いた。

贈り物を効率的に贈ることのみを考えることが、そもそもその目的
から逸脱するように、人間の営みというのはこのように複雑なものだ。
そもそも「生きる」ということの目的が単に効率を追求するもの
ではないからだろう。
こういう原点をつねに振り返られるような組織になりたいものだ。

さて、くだんの年賀状はまだおわっていないのだが、
また大晦日になってしまうかもしれない。
だんだんと遅れてしまう言い訳を書いているような
気がしてきた。効率的にやろう。

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人間をどうとらえるか。

僕が大きな影響をうけた著者の皆さんの新刊が
ここのところで重なった。

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●「高校生のための心理学入門」 岸見一郎 アルテ

8月に出た本なので、新刊とはいえないかもしれない。
哲学からアルフレッド・アドラーの心理学を追求した岸見氏の
著作には、基本的な人間観が述べられていてとても共感できる部分が多い。

アドラー心理学は、主張することの大切さや、褒めることにより、
他人の評価にたよる人格形成を問題にしたり、(これは成果主義につながる
話だとおもうが)、主に子育ての分野での応用などがとりあげらることが多い。

しかし、その基本的な考え方には、人間は不完全なものであるが、
僕たちは生きていくうえでその不完全な自己を生きるための道具として
つかっていくしかない。

そのために必要なのは、不完全であることへの勇気をもちながら、
それでも他者になんらかの貢献のできる価値のある存在であることを
忘れずに、横の関係の中で、一歩をふみだしていくという主張は、
僕の目指す組織のあり方の根幹をつくってくれたように思う。

本書も「高校生」といいながらも、大人に向けたメッセージを多く
含んでいる。その文章には岸見さんの人柄を深く感じさせる
誠実さと率直さにあふれている。

寝る前にちょっと手を伸ばしたい一冊。

●「働く女性のためのアサーティブコミュニケーション」
アン・ディクソン クレイン

日々仕事をしていると、「いいづらい」とか「聞いてくれない」
とか、伝えるという意味で苦労をする場面が多いと思う。
組織風土の良い職場をつくるためには、関係性が大切といわれているが
単に表面的に仲良く(したふりを)するのではなく、本当にお互いが
向き合えるためには、根底にある人間観を変える必要があると
感じる。

この著者のアン・ディクソン氏は、上下関係が厳然と存在する組織と
いうものと、人間は基本的に対等な存在であるということをどのように
統合させるか、ということを徹底的に追求している。

「比較」や「競争」にさらされるビジネスの場では「対等性」など
縁遠い概念と思う部分もあるかもしれないが、この価値観をどう
融合するか、はこれからの職場に必ず必要になると思う。

「現実社会での上下はなかなか超えがたい、しかしそれを笑い
とばす」というところまで言及している、その姿勢のさわやかさは
先日ご本人と直接お会いした機会にも強く感じた。


●「考え抜く社員を増やせ」 柴田昌治 日本経済新聞社

このような時代だからこそ、何を考えて何を生み出していけば
よいのか、が問われる中で、もう一度人間が創造的な仕事をする
とはどういうことかを考えさせられた一冊。

僕は以前にも柴田さんからお聞きしていたのだが、
「資本主義」と「民主主義」を統合していくという本書の
表現は印象的である。

「経営は民主主義ではない」とも言われ、この表現は文脈しだいでは
誤解をもたらしかねない。しかし、柴田さんがあえてこの矛盾する2つの
統合というテーマをとりあげていることには、世の中にある意味での
挑戦していこうしている姿勢を感じる。

先日、北朝鮮に拉致された蓮池さんのインタビューを見たのだが、
その言葉の中から、本当に自由をあたえられないということが
どれだけ人の心に希望を失わせることになるか、ということを
痛切に感じた。

蓮池さんは、開放された今だからこそ、その自由に対してどう
自分が向き合っているかを、あらたな仕事の挑戦の中で世に
問うていこうとされている。

今の経済状況は厳しいことは間違いなく、その中では多くの
制約があることは間違いないが、少なくともある社会体制と
比べれば、制約条件は体制から与えられたものではなく、
自分たちの心の中で学習して作り上げてしまったものといえる
のではないかと思う。

その意味で、考える機会と行動する自由を組織の中に
もたらすということは、組織の営利につながるという以前に、
大げさに言えば、人権につながる部分があると思う。

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「高校生」「女性」「働く人」と若干読者対象がことなるように
も感じるが、これらの著者の方には
人間の可能性を信じる思想が共通して流れているように思える。

僕なりにまとめると、

生きていくことは簡単ではない、しかしながら、人間はどのような
ときでも、何かを働きかけることができる。それが
たとえ小さなことであっても、そこから組織が、社会が、そして世界が
変わっていくことにつながるし、それがすべてである。

そんなメッセージをうけとった。


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想像を超える。

今週はJETROの地域間産業交流事業で、
アメリカオハイオ州のAssembly&Test Worldwide社の
ジョン・ローガン会長が来社された。

急遽の来訪だったので、各部門の皆さんに時間のない
なかで部門紹介をお願いすることになった。

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当日の説明は僕自身、ローガン氏と同時に初めて
聞いたのだが、その内容に自分自身とても心うごかさ
れるものがあった。

具体的には(部門によっての温度差はあったものの)、
全社における自分たちの存在意義や、他部門をどのように
サポートできるかが自分たちの目標であることなど、
僕自身が触れてこなかったような視点での説明があったこと。

また、自分たちの部門の数値目標を自らつくり、
大きな効果をあげている内容を発表されていたこと。

僕たちの仕事は、ほとんど毎回異なる製品を扱うため、
不良率や削減率といったような集計をとりながら指標
をつくるのが非常に難しく、僕はもちろんのこと
プロのコンサルタントの方からも現状に即したアイデアは
でてこないでいたのが実情だった。

それが今回、自分たちの把握できる数値の組み合わせによる
管理指標をつくりあげ、意識向上をはかりながら、
大きな成果をあげている姿をみて、率直に圧倒された。

先日ISOWAの磯輪社長とお会いしたときにも
「自分の想像を超える考えが社員さんからでてくる体験
をしているかしていないかが転機だよね」というような
お話をいただき、
ああ、こういうことが知恵がでてくるということ
なのか、と改めてその場面を振り返って思いだした。

日々仕事に追われているなかで、こういう瞬間は
本当にうれしく思える。


さて、ローガン氏は、私たちと同じオートメーションの
業界で会社を立ち上げ、同業他社との合併をへて、
全世界に展開する企業グループをつくりあげられた、
業界の表も裏も知り尽くている人物である。

今日に至るまで、数々の苦難を乗り越えられてきたことが、
食事の中のお話から感じられた。

そんな経験をもたれているからこそだろうが、僕たちの
社内を見られるときにも、多分よく知っていると思われるような
ところでも熱心に皆さんの話に耳を傾けられ、質問をされるという、
その真摯な姿勢に氏の懐の深さを感じた。

また、自社のプロジェクトマネジメントの一端を僕たちの
ためにレクチャーまでしていただき、これが大変に参考になった。

そして夕食会の席では氏から

「社員の方の熱意ある態度に感銘をうけた」
「今がまさに変革の時だ」

というような言葉をいただいた。

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このような経営者の方との邂逅、またこの場をつくりあげて
くれた社員さん、関係機関の皆さんの日ごろの尽力
を本当にありがたくおもう。


さて、順番からすると、
次は僕たちが世の中の想像を超える番のようだ。


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思いを形に。

最近は3つの図書館をフル活用しているのだが、やはり
新刊の魅力にはあらがえず、休日は本屋さんを
そぞろ歩くことがある。

とはいいつつも赤木圭一郎ではないが 「この本がオレを呼んでいる」
というものだけをなるべく「厳選する」ようにはしているつもり。
「厳選する」ときのフラストレーションもあるが、出会いの偶然
を楽しむという気持ちもある。

マーク・アルビオン 「社会起業家の条件」 日経BP社は
先日の休日に池袋のジュンク堂で「呼ばれた」。

社会起業家関係の書籍がもてはやされる昨今、
売れ筋を狙ったタイトルのようにも感じるが、
原書のタイトルは「True To Yourself」
つまり「自分に正直であれ」ということだ。

写真では帯をはずしてしまったが
「どうすれば『想い』を『仕事』に変えられるか」
というようなコピーがついている。

「社会起業家」の方の仕事には、憧れを感じつつも、
日々の仕事をしているなかではなんだか夢物語のように
感じてしまうことが多いのが正直なところだ。

しかし、そもそもソーシャルビジネスは、今までビジネスに
のらなかったものを、ビジネスの土俵に上げていくという
営みであるとすれば、ビジネスの本質をついたものだとも
いえるだろう。

著者はソーシャルビジネスを「value-based business」
価値観に基づいたビジネスといっている。

そして仕事を進めるうえで、価値観をベースにする
ということがどれだけ重要であるかということを、
多数の経営者との対話のなかから、平易な語り口で一つ一つ
搾り出している。

とはいいつつも、「企業の持続可能性」という視点は
きわめて現実的であると感じる。

たとえばマーケットミックスの4P(Product, Price, Place Promotion)
に対して
企業文化をつくるための4Pは
人(Person)、プロセス(Process)、製品(Products)、利益(Profits)
であるとして、良い製品や利益を生み出すことが、企業文化や
価値観に大きく根ざしているということをといている。

そして、特に「価値観」をつくるのは経営者の言葉と、
言葉と一致した行動がすべてである、という視点はとても耳が痛い。

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とはいえ、「想いを仕事につないでいく」という視点から
考えれば、
いわゆる「まっとうな」仕事に携わっているかぎりは、
すべての人がこの「社会起業家」たるものになれる可能性がある
といえるのではないだろうか。

それは、自分自身の中に元々ある「本当の思い」というものを
正直に思い出し、それを常に確認していくことだろうか。

僕たちは「正直」であるまえに、自分を守ることを優先してしまう。
それが生物としての本能かもしれない。

しかし、逆説的ではあるがこの「正直」であることこそ、
生きていくためのエネルギーを生み出すもっとも根源的なもので
あるようにも思う。


このような環境化では、短期的な答えを探したいという
切羽詰った気持ちからノウハウ本があふれてしまうこと
もむべなることとも思うが、
そのような環境下だからこそ、こういう本との出合いを
大切にしていきたい。

どうも堅苦しい文章になってしまった。
本書はとてもやさしく書いてある。

僕自身、まずこの辺の「言動一致」を考えよう。


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合わせていく力。

今月の初めに、ある商談会に参加した。
いままでは受注側で参加することが多かったのだが、
とある事情で今回は発注する側として臨むことになった。

そこでは多くの会社の方から、お仕事の実績などの
説明いただいたのだが、改めて感じたのは、あっと
驚くような技術をもった会社さんが本当にたくさんある
ということだ。

そしてそのひとつひとつは、もともと明快な見通しから導き
だされたわけではなく、お客様の望むことをどう実現しようかと
いう試行錯誤なかで、思いもよらず生み出されてきたものが
多くあるようであった。

そこには、挑戦しつづける精神と、それを成し遂げたもの
だけが感じる誇りが伝わってくる。

僕自身ここのところ、現在の仕事の対応ばかり考えてきたのだが、
最近ふと思うのは、こういった深い技術とそれを支える精神を
もっと広く合わせていけば、まだまだ私たちの想像をこえる
仕事ができるのではないか、ということである。

これは会社の中でも同じことかもしれない。
いつもと同じ人とあっていると意識しなくなっているかも
しれないが、それぞれ一人ひとりがなにかしらその人
独自のものをもっている。

それぞれの人のもつ光といっていいようなものかもしれない。

そういうものをどのようにあわせていけるかということが、
何倍もの大きなものが生み出されていくだろう。
それをつくりあげるものこそが、知恵と呼べるものなの
かもしれない。

それと同じように、この日本のなかで、それぞれの
企業のもっている独自の光をあわせていくことができれば、
いま世界の中で起きている困難にたいしても
わずかでもなんらかの助けになれるかもしれない。

これは言葉にするほど簡単なことではないだろう。
しかし、とにかくそう思って仕事に取り組んでいく気持ち
そのものが、

僕たちの仕事に誇りをもたらす源泉であるように思う。

そんなことの発信基地となれるような職場をつくって
いければどんなにすばらしいだろうか。

そんなことを皆さんの出会いから感じた。

つくづく人のもつ力は偉大だとおもう。

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当時の気持ち。

朝雑巾を絞る水が確実につめたくなっている。
もう冬を感じる季節になった。

振り返ってみると2005年の1月に書き始めたので、
エントリーの数はともかくとして、5年がたつ。

先日このBLOGのアドレスがあるところで図らずも
紹介されて冷や汗をかき、改めて自分の書いた
ものをみて、あまり読む人を考えていない文章に
恥ずかしいなあという気持ちを感じる。

「今の気もち」というタイトルは柴田昌治さんの
コラムのタイトルのパクリである。
柴田さんには「定期的に書くのがいいよ」といわれつつ
書く頻度も僕自身の「気持ち」に左右されている。

5年前といえば、職場というところでは
いちいち「気持ち」など考えるような場所ではない、
と思っていた。

けれど、本当の変化というものは、一人ひとりの気持ち
からおきるのだ、という至極あたりまえのことを
実践されているたくさんの経営者の方に出会い、
自分の中で大きな地殻変動がおきてきた。

この気づきをなんらかの形で書いておきたいという
抑えられない衝動から匿名で書き出したのが最初だった。

最初のエントリーは
「本当の意味での企業改革とはなにか。
人間のやる気とは、尊重とは。
信頼感とは、本気で信じあうとは。」

みたいなことがかいてある。
そしてお互いの信頼感をどうやってつくりあげればよいか、
みたいなことをよく考えていた。

このことは今でもよくわからない。

しかし現在のような経済環境にあるからかもしれないが、
最近はこういうことはとても大切なことだが、目的に
することではないのかもしれない、と思うようになってきた。

「風土」は大切だとおもうが「風土を改革する」という言葉は
好きでないということを以前にある社員の方から言われたことがある。

そのときはその真意をつかみかねていたが
今となっては本質をついていると思える。

しかしながら、この数年の間、社員のみなさんが
互いの信頼感を高めるということを意識しながら
力を尽くしていただいていることを、いろいろな局面で
感じ本当に心強く、ありがたく思う。

------

僕自身はといえば、「信頼」という言葉を、他者との
関係の中でとらえようとしていたように思う。

しかし信頼というもの自体が、ある種の能動的な
「賭け」のようなものであるとするならば、

そもそも自分の人生を信頼することからすべてが
始まるのかもしれない。

あまり読む人のことを考えていないことには
かわりないが、
こんなことをこれからも自分勝手に記録していこう
と思う。


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他者の存在

昨日はJETRO埼玉の事務所で行われる
月例の「真田先生を囲む会」に参加した。

元東京銀行出身の大学教授として、真田先生は
原稿なしで1時間半ノンストップで世界経済の
状況について語られる。

今回一番印象的だったのは、やはり
欧州の銀行の不良債権処理が進まず、
ヨーロッパ発の景気二番底の懸念がますます
高まっているという現状であった。

数年前まではヨーロッパが経済を牽引している雰囲気
だったので、この様変わりには大変驚かされるものがある。

さらに参加している皆さんから現況についてのお話もあるが、
とにかくこれからの経営には、従来の延長線上での回答はない
ということで皆さん一致されているように思う。

そして様々な試みに挑戦されている姿をみて
自分自身も次に向けて動いていかなくてはという
思いを強くした。

今週はあるNPOの会議にも参加させていただいたのだが
ここでも今後の方向性について、頭に汗をかいている様子に
触れさせていただいた。

そういった様々な場で様々な方にお会いする皆さん
の姿から、自分自身がいろいろと気づかせていただける
ことをとてもありがたく思う。

生物としての人間ならではの特性というのはいろいろあるが、
前頭葉をもつことで、自分の思考や感情を対象化して
みることができるということが大きな特徴のように思う。

それをある人は「気づき」といったり「観察者」といったりする。
最近は言葉こそ違えども、このようなことが多方面の本で
語られていることを目にする。

とはいっても、常に自分自身だけの力で対象化することは
なかなか困難なことが多い。
そのときに新たな気づきを与えていただけるのが
こういう場で出会えるいろいろな方の存在のように思う。

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その夜、友人と電話で話しをした。

「僕たちは馬車の後ろにのった御者ではなく、
馬となって走っていくことを求められているんだ」

自らの立ち居地を確認するかのように語る。
その言葉を全身でうけとりながら、電話を終えた。

こういう時代だからこそ、感じえることもあるだろう。

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内省する教育者

なぜかわからないが金井壽宏さんの本が好きだ。
いろいろ意見もあるとおもうが、金井さんの本はたいてい
読んでいてエネルギーをもらえる。

少し前にでた「危機の時代のやる気学」もNHKのキャスターとしても
おなじみの野田稔さんとの共著であったが、逡巡したものの
やっぱり手にとってしまった。

この中では「内発的な動機」と「外発的な動機」を改めて分ける
必要がないのではないか、という提言があり、いつもこの
枠組みで見ていた自分自身にとっては新しいきずきをもらった。

今回光文社新書からでた「リフレクティブ・マネジャー」は
また別の意味で非常に刺激的な一冊であり、「リーダーシップの旅」を
はじめとする(こちらは違う野田さんですが)、最近の金井さん
の「対話型」著作シリーズ(と勝手にいわせてもらいます)の真骨頂を感じる。
こういう著作の製作過程は実に大変のように思うのだが。

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共著をしている中原さんは「社内人材育成入門」という
大変インパクトのある著作をだされたかたで
アクション・ラーニングのミーティングでお顔を拝見したことがある。

実はこの「社内~」というご著書はご自身が教育学から経営学に
転換をしていくなかで、なかなか企業の方から信頼をえることが
できず、「この事態を打開しなければならない、そのために自分には
何ができるのかを考えた(p.318)の末に出版にこぎつけたということを
本書で知り、その立ち居地には大変共感を感じる。

さて、この著作では企業の中でのマネージャーの
悩みから出発して企業の中での「成人の発達課題」
というものに働く視点から取り組んだものである。

内容としては、結局人間が成長できるのは
修羅場を通るしかない、という厳しい修行的なところもあるのだが、
その前提となる内省(リフレクション)のためには、
他者との対話が不可欠であり、その対話を深める
普段とは異なる環境(「越境する」環境と表現されているが)
をどうつくるか、ということでまとめている。

読後感は、ではどうすればというところでの「もやもや感」
が残るが、結論を明確にせずに「もやもや」させることが
できとしたら、それが筆者の方々の意図するところの
ようである。

そのなかでも、中原さんの言う、日々の仕事でもっとも
犠牲となっているのは、根源的な問いを自分の頭で
考えることに使える時間が圧倒的に失われているという。
これには至極同感である。

僕自身も社外の方と「気楽にまじめな話」をするなかで
やっと「そもそも」に立ち戻れるような気がする。
その意味で、日ごろオフサイト等にお付き合いいただいて
いる皆さんには本当に心から感謝をしている。

ちょっとこのBLOGがあいてしまったのも、そもそも
こういうBLOGを書く意味はなんなのか、ということに
つきあたってしまったからのように思う(言い訳)。
この件についての今の結論としては、まず自分が書いて
楽しいかどうかということで考えていこうと思っている(開き直り)。

話はもどって、金井さんの本での秀逸なところは、翻訳ものの
監修でもそうなのだが、とくにあとがきが面白い。
(山形浩生さんのあとがきに匹敵するものがある、
グリーンリーフの「サーバントリーダーシップ」などは
あとがきの方がわかりやすく、面白い。)

今回の著作でも金井さんのあとがきに「そもそも」を考えさせて
いただくくだりがあった。
あまりそのまま書いてしまっては問題があるのかもしれないので、
感心のある方は是非あとがきを見てほしいと思う。

ちょっと要約すると、このような時代の中では、生存をしていくことが
第一義になるが、とはいえ生存していくだけの人生にはしたくない。
生存に成長をしていくことの味付けをすることの大切さというものを
金井節で見事にまとめあげている。

本書でいいたいことは、トータルでいうと結局仕事と人間を結びつける
ものは「矛盾」と「痛み」と「昇華すること」に尽きるのかもしれない。

著者のお二人もこの矛盾のなかで日々葛藤されていることを
感じさせる、人間くさい一冊である。
-----

秋のバラです。いつもありがとうございます。

Dsc08486

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