徹底的に向き合う。
今朝、NHK「こころの時代」で精神科医の小澤勲さん
のドキュメンタリーを含めたインタビューを見ました。
小澤さんは昨年の11月にがんでなくなられたとの
ことでしたが、番組では、脳の転移を含む闘病にもかかわらず
ご自身が取り組んできた「痴呆」の援助について、その家族を
含め勇気付けるために講演をつづけている様子を写していました。
小澤さんの大きな業績はまず、閉鎖的な精神病棟
を開放的なものにかえていったことがあります。
また、研究者としては育て方の問題とされていた自閉症が
脳の発達障害であることをその鋭い観察眼から解明していったこと
などがあげられます。
しかし晩年の功績として、嘱望されていた病院長の立場を投げて、
それまで理解のすすまなかった「痴呆」のケアにとりくみ、
それこそ患者さんと一対一で向き合っていく。
特に痴呆の「症状」に対して積極的にとりくまれてきたその
姿勢に、言葉をこえた驚きを感じました。
徘徊や物集め、便いじりといった過酷な症状に対しても、
なぜ人としてそういうことをしてしまいたくなるのか、という
徹底的に相手を理解しようとする姿勢によって、その周辺症状に
改善をもたらしていったといいます。
わたしたちはとかく「人はわからない」として遮断をしてしまうことがあります。
そのほうが楽であることは間違いないでしょう。
しかし、ここに脳の障害という「理解することすら不可能」と思えるような
ことについても、なお人として徹底的に理解しようとしていく人がいる
ということに強い感銘を覚えました。
小澤さんは言います。
「痴呆の症状を病気として遮断してしまうか、その症状がなぜ起きているか
を患者を理解しようとする努力から追求していくか。」
その原点には、学生時代に患者を分類するだけのアカデミズムに
反発し、異端として排斥された過去の思いがあるように思いました。
「痴呆を生きるということ 」 小澤さんの著作です。
よんでみてまた感想を書きたいと思います。








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