May 2009
「本気」を感じる。
昨日は2ヶ月に1度開催されている、経営者
オフサイトに参加しました。
3時間程度の短い時間なのですが、参加されている
経営者の方がみな、このような経済の中で日々格闘され、
社員の皆さんと真摯にむきあっている姿をひしひしと感じました。
あまり多くは書けませんが、皆さんの一言で
自分自身の背筋が伸ばされます。
ある方は「仕事の誇り」を語りながら、社員さんの
成長に涙し、手紙をつづられていました。
ある方は厳しい環境のなか、社員さんや協力会社の方が
職場に花を添えてくれることに感動し、一緒になって
手伝う姿を語られていました。
またある方は、この環境をのりきるためにぎりぎりの
決断をされ、眠れなくなりながらも、
「こんな会社にしたい、そのためにみんなで職場を守っていこう」
と社員の方に訴えられていました。
この集まりは、普段の経営という役割をはずれて、
「自分自身がもし社員だったら、経営者のどのような姿に
どんな気持ちをもてるだろうか」ということを
素直に考えさせていただく貴重な機会です。
本来は、日々の職場でこのような視点をもてるように
なるべきなのでしょうが。。。
いずれにせよ、言葉ではない、その人の存在から
もれ出る雰囲気に私たちは「本気の思い」を感じることを
実感します。
懇親の場では、A社長が「今の状態はすべて自分自身で
きめているんだよ」というアドバイスもとても力強く
経営としての覚悟を感じせていただきました。
日々の職場では、みなさんが奮闘されているなか
こういう時間をとらさせていただいているという事実を
しっかりわきまえながら、
「言っていることとやっていること」の
ずれがちな自分自身を見直せるように
努力していきたいと改めて感じました。
コーディネートのスコラの皆さん、そして
参加の皆さんとの交流に心から感謝しています。
自由を勝ち取る。
お休みに読みました。
アラン クレメンツ 「ダルマ・ライフ」 春秋社
著者はアメリカ人でありながら、 ビルマで僧侶となり、
自身の修行をすすめていきます。
当初は自分自身が救われることが目的でしたが、
やがて当地での非暴力活動家との交流の中で、
ビルマの人権侵害への実態をしり、その実態を
世界にしらしめる広報活動に取り組んでいく、
その様子が描かれています。
今まさに、アウンサンスーチーさんがミャンマーの
軍事政権に訴追されているというこの時期に、
手にしたノンフィクションでした。
(出版は1月なので、少し古いですが。)
スーチー女史をはじめとする活動家の方や、
ビルマの人気コメディアンが、その激しい拷問のなかに
ありながらも、事実を笑い飛ばしながら、活動にとりくん
でいくそのエネルギーには、言葉をうしなうほど圧倒されます。
投獄されたとしても、求めるものはただひとつ、
「自由」を勝ち取るという使命。
活動家の一人は、軍隊の士官からこんな質問を
投げかけられます。
「なぜ、『自由に向かう長い道のり』のために
『いい暮らし』を捨てていくのか」
その活動家も、元は軍隊に所属していた過去があり、
士官は、純粋になぜこれほどまでのエネルギーを
持ち続けることができるのかが、本当にわからないのでした。
その活動家は、士官に頭を殴られながら答えます。
「自由というのは、お前のためにも勝ち取る必要があるのだ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
著者アラン・クレメンツとスーチー女史との対話を記録した
『希望の声 アラン・クレメンツとの対話』 岩波書店
もこれから読んでみようと思っています。
結婚式に参加しました。
今日は、設計部門のKさんの結婚披露宴に
呼んでいただきました。
職場からもたくさんの方が出席されていましたね。
今回は、参加の方から選抜された皆さんによる
スペシャルユニット(?)の出し物がありました。
同期のEさんが以前から
「なにがいいかなー」「どうしようかなー」と
ずいぶん悩んでいらしたのを覚えています。
いきなり会社の作業着ででてこられたのには
びっくりしましたねー。
なかなかやるじゃないですか。
歌も演奏も、そして「クールファイブばり」の
バックコーラスも(古いねえ)、
それぞれ皆さんの個性があいまって「いい味」
をだしていたなあ、と思います。
ずいぶん練習をされたんじゃないでしょうか。
こういう「だしもの」経験者としても皆さんの御苦労
がしのばれます。

こうして応援してくれる皆さんの気持ちに
改めて拍手をしたいと思います。
披露宴はKさんのお人柄のように落ち着いた、
温かい感じになりましたね。

新しい出会いの場に立ち会うことが
できとても嬉しく思います。
Kさん、どうぞお連れ合いを大切にして
暖かいご家庭を築いてくださいね。
応援しています。
送別会。
今日は途中からでしたが、退職される
Dさんの送別会に参加させていただきました。
まだまだ身体も元気で働ける中、申し訳ない
気持ちがありますが、後進のために道を譲って
頂く形になりました。
Dさんは当社が創業当時からのお仕事を経験
された当社にとっては数少ないかたとなっています。
私達の今立つ基礎をつくっていただいたお一人です。
昔のお話も少しく聞かせていただきましたが、
だんだん昔の話を知っている方が少なくなっていきます。
「そういえば、入社以来、Dさんが怒った様子を
見たことがないねえ」
という話もでて、改めてお人柄を実感させていただき
ました。
今回は同じ部署の方を中心に大勢の方で
送っていただきました。
また、機会があれば、是非あそびにきてください。
本当に永年にわたり、ありがとうございました。
近況報告。
昨日は、JETRO埼玉デスクさん主催の
企業交流会に参加させていただきました。
技術を中心とした情報交換会で
私達のもっている技術などを紹介する機会を
いただきました。
準備をしている途中で、ファイルをひっくり
かえしているうちに、この資料を見つけました。
3年前くらいのものでしょうか。
設計GのHさん始め皆さんが工夫してつくられ、
社内に資料をくばっていただくことから、対話会を
始めるきっかけになったものでしたね。
いま振り返ってみても、本当に力作であると感じます。
こういう活動をきっかけに、皆さんがいろいろなことを
実行されるようになっていっていることを、改めて
心から感謝しています。
そして、皆さんの変化と比べて、経営の変化が
追いついていっていないのではないかと、
特に最近は日々感じて、ちょっと焦りも感じています。
発表では、技術研究会とはいいながら、この
資料も合わせて、皆さんの努力の足跡として
発表させてもらいました。
Hさんだまってつかってしまいごめんなさい。
僕自身としては、こういう対話のプロセスを通じて
風土だけではなく、具体的な技術イノベーションに
むすびつけられるような動きを起こしたいと、
心から思います。
お知りあいになった経営者の方から、
こういう不況をのりきれるかどうかも
組織風土次第でしょう、というようなお話も
いただき、さらに高めていくための、僕自身の
責任というものも強く感じています。
また、今日は、地元の大学の先生が手弁当
でおこなっていただいている、光学セミナーに
参加しました。
僕自身、学生時代に光の通信を若干かじったので
20年前を思い出し、懐かしく思いながら
(一応真剣に!)講義に参加させてもらいました。
なんとか次の一歩を僕自身もすすめて
皆さんの努力に負けないようにしていきたいと
思っています。
日本を知る。
NHKの語学番組として4月から
「トラッド ジャパン」という番組が始まりました。
気の向いた時に録画してみたり、
テキストをめくってみたりしています。
ちょうど6月号のテキストがとどきました。
こんな表紙です。
NHKが外国向けに日本を紹介する番組を
日本人向けに再編集しているということですが、
字幕もついてきて、とても分かり易い構成です。
最近放送された「竹」とか「城」というテーマなど、
映像がとても美しいですね。
某国営放送の実力を感じます。

「弁当」という回もありましたが、
松花堂弁当と幕の内弁当のルーツはこんな風に
ちがう、なんていうのも、初めて知りました。
みなさんは知っていましたか?
6月号をめくってみると、「盆栽」というテーマに
こんな解説がありました。
------
盆栽では、枝が枯れて白くなってしまった部分を
「舎利」(=釈尊の骨ですね)、生きている部分を
「水吸い」と呼び、その白と茶色のコントラストを
生と死、そして時間の流れを表わしています。
------
こんな風な「ウンチク」があるとは知りませんでした。
実は自宅には、父が残した盆栽がいくつかあるのですが、
手入れをする暇も力量もなくて、だんだん枯れて
いっています。
まずいなあ、とおもいつつそのままになって
いるのですが、
これも時間の流れを表わす盆栽の表現に
していただいて…。
みんなで作り上げる。
昨日の就業後、新入社員さん歓迎のスポーツ大会
が行われました。
僕自身が歓迎会をどうしようかと考える前に、
今回はリーダーはじめとした社員の皆さんで、
自主運営の形ですべてをとりしきっていただきました。
今回も入社2年目の方が中心となっていただきました。
時間と予算の限られた中から、どうやって多くの
人たちが参加できるプログラムになるかなど、
日々頭を悩ませられていたようですね。
チームわけのバンダナとか、商品とかいろいろ
工夫をされたことを感じました。
先輩やグループリーダーの方々も、企画の内容や
会議の進め方などについても、ポイントをみながら
的確なアドバイスをしていただいていたようです。
みんなで相談しながら、方向性を見出していくという
やり方は、仕事の中でも応用のできることだと思いますね。
参加された新人のSさんが感想で
「こんなに大勢の方があつまってくださるとは、
正直思わなかった」
と言われていたのがとても印象的でした。
直接試合にでられない方や、お仕事の都合で
参加できなかったかたも、会場に足を運ばれて
いました。
みなさん暖かい気持ちで新人の方を迎えて
いただいたようです。
3時間ほどでしたが、楽しい時間をすごさせて
もらいました。
取り仕切っていただいた2年目のみなさん、
アドバイスいただいた先輩やリーダーの皆さん、
本当にありがとうございます。
あちこちに。
今日は営業用の資料づくりをしました。
なかなかいいアイデアがでなくて、
PRのための社内風景を少し撮影したのですが、
皆さんの工夫された足跡がそこここにあり、
改めて皆さんのいままでの日頃の取り組みに
触れ、ありがたい気持ちになりました。


このほかにもいろいろありました。
写真だけでは、なんのことかわからないかも
しれませんが、一つ一つの物語りを思い出します。
まだまだ継続中でゆれている物語も。
以前とりあげた國貞克則さんの著書にこんな
くだりがあります。
--------------------------------------------
マネージャーとしての自分の質はきわめて低い
あなたと価値観や能力があっていると思っている部下は
実はあなたより優秀な場合がほとんどで、そんな人は
上司としてのあなたがいなくても育っていく人ばかりです。
もっといえば、上司としてのあなたがいなくなって、その
優秀な部下にあなたがいまやっている、もっと責任のある
仕事を与えることがその人を伸ばす最良の方法なのです。
(「悩めるマネージャーのマネジメント・バイブル」東洋経済新報社 p.90)
--------------------------------------------
僕自身のぶれ加減はあいかわらずかもしれないと
進歩の遅さを感じます。
なんて書きながら、資料づくりが終わりません。
もうひと踏ん張り。
世間の空気。
最近は本の話題、それも新書ばかりで恐縮です。
「世間さまが許さない―「日本的モラリズム」対「自由と民主主義」」
岡本薫著 ちくま新書
岡本さんは専門の地域地理学という観点から、日本と諸外国を
比較し、日本の社会がルールやシステムの問題をすべて
「モラル」を中心にして考える特徴があると指摘しています。
倫理的共産主義なんていう風に呼ぶ方もいるようですが、
「人の心を統一することであらゆる問題を解決しようとする
傾向」にある、といわれると確かにそんな気もします。
たとえば、なにか契約をやぶったわけではないのに
「世間をお騒がせしたので、謝罪をする」とか
「みんなが言っているから」ということが判断基準に
なる話はよくあることだなあ、と思いますね。
僕たちが日本という中にいると気づかなくなって
しまっている、日本的価値判断の仕方のケースを
「これでもか」とも言えるほど、多方面から提示されて
いて、「ああ、日本人は本当に『世間の空気』に無言の
圧力を感じながら生きているなあー」と、その
観察眼に感心させられるような思いです。
身近な問題としては、就業時間が決まっていても、
残業せずに帰りにくい雰囲気というのも、共通の
モラルを求める姿勢に近いでしょうか。
選挙という観点があるので、違うかもしれませんが、
今回の小沢さんの辞任もそんな雰囲気を感じます。
このようなみんなの共通のモラルが判断の基準になる
世の中では、個人個人の心の自由というものがもてない
つまり「自由と民主主義」は日本には向いていないのでは
というところまでおっしゃっています。
そして、このモラルの統一性がくずれると、今までそれで
動いてきた日本全体がゆらいでしまうという危機感にも
言及されています。
たしかに品格や武士道精神といったものの流行にもみられる
「心」をかえるという発想は、この辺からきているように感じます。
もともと「あうんの呼吸」でうごくことをよしとしてきた文化
が崩れる、というのは、山岸俊男さんの「安心社会の崩壊」
という視点と同じものを感じますね。
岡本さんは、だからといって日本人の特徴を悪いものと
するのではなく、「世間のモラル」を統一する「正義院」の
ような官庁をつくればどうか、という提案をされています。
これはある種のカリカチュアだと思いますが、その発想は
面白いですね。
ただし、相手を察するのではなく、お互いがきちんと自分の
希望を主張をして、そのうえで合意をとるようなコミュニケーション
スタイルをつくることの重要性も説かれています。
いずれにせよ、その組織の空気(=風土)に日本人は
大きくその行動を左右される人種であることは間違いない
でしょう。
だからこそ、組織の文化は変わりにくいものであるし、また
その文化が変わったあかつきには、その効果も大きいとも
いえるのではないかと思いました。
ただし、本書にもあるように、日本人はどうしても精神主義
や倫理感で解決しようとしがちで、そちらへ引っ張られる力が
強いとすれば、どうやってそれが戻らないようにするか、という
仕掛けもまた重要になってくるでしょうし、
また、倫理だけではない、システムやルールにもしっかり目を
向ける姿勢も合わせて必要でしょう。
最近社内では、会議のスタイルや目的に対してもいろいろな
フィードバックがでていることを聞きます。
こういうことに目が向くということもとても大切であり、
そういう意見をいっていただく皆さんの成長もすばらしいと
感じます。
あとがきで岡本さんはみずから「ツッコミ担当」といわれるように
批判されることを承知の上でこういう視点をあえて示しているようです。
日本人にとって、そして日本の中の組織人として「自由と民主主義とは
何なのか」ということを改めて考える機会をいただきました。
情けは人の。。。
何で人間は(というか僕自身がそうなのですが)
お互いに協力することが大切だと頭ではわかっていても、
現実にはなかなかできないんだろうか。
そして、協力することのメリットを精神論や品格という風にしないで
説明できないものだろうか、ということをよく考えます。
いわゆる「利他行動」の習得というテーマですが。
倫理ということと生物学を結びつけた、「進化倫理学」という
分野もあるようで、以前に読んだ、
『進化倫理学入門 「利己的」なのが結局正しい』 内藤淳 光文社新書
という本があります。
ここにはいろいろな説明があったのですが、結局
目先の感情(=衝動)を抑えて、長期的な利益に
通じる行動をとるようにするための、実際的な見通し
というものは、なかなかみえない感じでした。
ゴールデンウィークに、この本に推薦されている長谷川夫妻の
教科書や、そのお弟子でもある(NHKのキャスターもやっている?)
佐倉統教授の進化論の本をよみましたが、どちらもとてもわかりやすく、
特に佐倉さんの著書はそのお人柄を感じさせられました。
佐倉さんとしては、人間が道徳的に振舞うのは
進化論的に証明できる立場をとられるとのことですが、
まだまだそれを証明する具体的なハードルは高いようです。
「進化と人間行動」 長谷川寿一・長谷川眞理子 東京大学出版会
「進化論の挑戦」 佐倉統 角川選書・角川文庫
地元の図書館をあまり期待していなかったのですが、最近は
よく足を運ぶようになりました。いまや書店では手に入らない
良書がならんでいることがあり、なかなかあなどれない。
ちなみに、これもインターネットねたになってしまいますが、
佐倉先生の講義の様子がビデオで配信されていました。
佐倉統:進化生態情報学 2003年
対談などもあり、先生のやわらかい口調のお話しは興味をそそります。
○○○(コンビニ名)のおにぎりはおいしくない、ということから
学習の話しが始まったり。
さらに、倫理進化論の日本でのはしりともいえる、内井先生の絶版書
もインターネットでダウンロードできるようで、時代はすすんだものです。
内井惣七「進化論と倫理」絶版
以上情報までに。
アメリカでは、ボランティア活動が盛んになっているとも聞きます。
こういう時代にはオレがオレがと自分を守りたくなることも事実ですが、
やっぱり人間は「評価とかではなく、純粋に他の人の役に立てる」
という事実からエネルギーをもらうこともあるように思います。
こういう気持ちを感じられ、それが結果として物心両面の豊かさに
つながるような職場をつくりたいと痛切に思います。
確かに「人が集まれば、必ず対立がある」ということも真理
かもしれません。
けれども本質的には人間はそれを永遠に乗り越えようとして
進化していく生物だということを信じたい、ですね。
まず自分からとおもって、最近道のゴミ拾いなどをしてみました。
「もってかえるのもいいけど、ウチを汚さないでよ!」
と怒られました。
利他行動はむずかしい。
参加をするということ。
GWは、音楽をちょっと聴きにいったくらいで、
片付け物をしたり、積んどく本に目をとおしたり
という感じで過ぎていきました。
ということで、お休みはあっという間に過ぎますね。
裁判員制度のこともあり、社会に参加するという
ことに関連して読んでみました。
著者は、まちづくりの専門家として、マンションなどの
集合住宅での自治のあり方から広がって、市民の
政治参加についての新たな視点を述べています。
そして、自由には、なんでもありの自由(=放恣の自由)と、
社会に対する責任や公共性というものをともなった自由
(=「社会をつくる自由」)があり、後者が必要とされる時代
になっていることを説きます。
集合住宅での自治も切実な問題となってきているなあ
と思いつつ、「参加すること=お互いの交流を深める」
というような安易なコミュニティ礼賛はむしろ問題である
という現実的な視点に、はっとさせられるところがありました。
つまり、人とのコミュニティを作り上げることは、同時に
そこに参加しない人を排除していっていることや、
「話しあい」を重視することで、全員一致の雰囲気をつくり、
結果的に少数者の「社会をつくる自由」を奪うのではないか。
ネットワークと「徒党を組む」ことの違いについて、根本的な
議論を展開されています。
そして、コミュニティ礼賛により「自由」が広がることに対して
起きてきている、「武士道」や「品格」という議論に対する違和感。
こう書くと当たり前のことばかりのように思いますが、
社会に対して参加していく、ということとそれにともなう
責任というものを考える機会になりました。
そして、こういうことは、会社の中でも日常的に起きて
しまうことだなあ、とも感じます。
ドラッカーは「マネジメント:務め、責任、実践Ⅱ」の中で、
どんな組織にもその機能として、入ってきたものを適正に
分配する権威が必要であり、それは経済活動ではなく
政治そのものであるもいっていますね。
いずれにせよ、「譲り合い」や[妥協」ではない、真の参画や
責任というものが、日々の生活にかかわっているということ
に気づきを与えてもらいました。
ところで、ドラッカーが「マネジメント」の中で、日本の
企業での学習という考え方は、「禅」の発想ではないか
ということを言っていますね。
こんなことも言っていたんですねえ。ドラッカーらしくない
感じで、ちょっと意外でした。
裁判員制度。
憲法記念日ということで、今月導入される裁判員制度
についての広報が活発になってきたようです。
その制度設計の結果について、いろいろと解説は
されていると思うのですが、
「なぜ、こういった市民参加をもとめていく必要がでて
きたのか」
「なぜ、死刑といった重い刑罰にかかわる裁判に
参加することになるのか」
「量刑にかかわる理由はなんなのか」
といった、「そもそも」という部分があまりつたわって
こないような気がします。
「みんなが参加することは市民感覚がとりいれられてよい」
というだけでは、参加する側の負担感だけが先行するのも
事実でしょう。
「裁判をつうじて、どういった社会をつくっていきたいのか」
「その中で裁判官の責任はどう変化してくるのか」
というような議論がまず必要になってくるのではないかと
思います。
さて、僕が思ったことは、このようなことは、しばしば
会社という組織の中でも起こっているのではという事実です。
つまり、組織の「上」と呼ばれる方から聞こえてくることは、
こういうことをやりましょう、やめましょう、という結果や方法のみで
どうしてそういう結論に至ったか、というようなプロセスが
みえない、というようなことです。
また、参加を求める上で、そもそもそういったことを
決める立場と責任をもつ、経営というものの役割は
果たしてどこにあるのか、といったようなことも
問われるように思います。
裁判員制度については、もう少し勉強するとして、
「産業民主主義」という大げさな表現にならずとも
組織の中での「参加」は、僕自身追求をしていきたい
テーマです。
現実には、まだまだ問題があることを痛感していますが。
裁判員制度の広報映画というものも見てみました。
裁判員制度 宣伝用映画 「審理」
こういうものがあったことをつい知りませんでしたが、
インターネットの時代を感じます。
いろいろ疑問点はありますが、人間が意思決定を
していく、というプロセスについて少しく考えさせられる
ところがありました。
そして、有罪か無罪か、ということとは別に、
量刑を決めるプロセスは、政治での「分配」という
テーマに行き着くようにも思います。
観察力。
先日、機械の構想を考える研修の様子を紹介しました。
新人のみなさんには、研修報告を書いてもらって
いるようで、そのコピーが僕のほうにも回ってきます。
その研修報告の中の、あるリーダーの方のコメントが
印象的だったので、ちょっと書き出してみました。
『1週間お疲れ様でした。構想図をいきなりCADで
書き出したのでびっくりしました。
(中略)
構想中にゆきづまって、「現場見てきても良いですか」
と言われて、一緒に見に行きましたね。
そして、しばらく話しをしていると「アッ!分かりました」
とニコニコうれしそうな顔をして、
「これってこうやればいいんですよね」と説明してくれました。
そして、CADにもどって書き上げていました。
この発見は大事です。
まず現場へいくという行動力、そして物をジッっと
みて考えること、何か行動を起こすことはとても大切です。
あのままCADの前に座っていたら思いつかなかったかも
しれませんね。Hさんがひらめいた時の顔を見た時は
こちらもうれしくなってしまいました。
これからもその行動力と元気を忘れずに一緒に頑張りましょう。』
物事を良く見ること、そして行動することは、
新人さんに限らず、僕たちにとっても大切なことだなあ
と思います。
また、こういうコメントは「よくがんばりました(花丸)!」
というような大雑把なものになりがちですが、
「どういう行動に、どんないいことがあるのか」
ということを、事実に基づいて書かれている、その
観察力がすごいなあと思いました。
「メンバーや部下に関心をもつ」ということは、ここまで
しっかりと一人ひとりに注意を払っていくこと
なんだなあ、と大変勉強になります。
話し変わって、購買部門では、野菜やお肉のモデルをつくって
「いちばんいい購入方法は?」という研修をやっておられました。
わかりやすさを工夫しているところがポイントですね。
新人のみなさんも絵のセンスがあるなあ、と思います。
僕自身も、2週に一度研修を担当していますが、
僕の話が一番わかりにくいかなあ、などと反省をしています。
うけとれるボールを投げること、が大切ですね。
うけとれなかったら、言ってくださいね。
日々キャッチボールの練習です。
























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