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世間の空気。

最近は本の話題、それも新書ばかりで恐縮です。

「世間さまが許さない―「日本的モラリズム」対「自由と民主主義」」
岡本薫著 ちくま新書

Tsekensama

岡本さんは専門の地域地理学という観点から、日本と諸外国を
比較し、日本の社会がルールやシステムの問題をすべて
「モラル」を中心にして考える特徴があると指摘しています。

倫理的共産主義なんていう風に呼ぶ方もいるようですが、
「人の心を統一することであらゆる問題を解決しようとする
傾向」にある、といわれると確かにそんな気もします。

たとえば、なにか契約をやぶったわけではないのに
「世間をお騒がせしたので、謝罪をする」とか
「みんなが言っているから」ということが判断基準に
なる話はよくあることだなあ、と思いますね。

僕たちが日本という中にいると気づかなくなって
しまっている、日本的価値判断の仕方のケースを
「これでもか」とも言えるほど、多方面から提示されて
いて、「ああ、日本人は本当に『世間の空気』に無言の
圧力を感じながら生きているなあー」と、その
観察眼に感心させられるような思いです。

身近な問題としては、就業時間が決まっていても、
残業せずに帰りにくい雰囲気というのも、共通の
モラルを求める姿勢に近いでしょうか。
選挙という観点があるので、違うかもしれませんが、
今回の小沢さんの辞任もそんな雰囲気を感じます。

このようなみんなの共通のモラルが判断の基準になる
世の中では、個人個人の心の自由というものがもてない
つまり「自由と民主主義」は日本には向いていないのでは
というところまでおっしゃっています。

そして、このモラルの統一性がくずれると、今までそれで
動いてきた日本全体がゆらいでしまうという危機感にも
言及されています。

たしかに品格や武士道精神といったものの流行にもみられる
「心」をかえるという発想は、この辺からきているように感じます。
もともと「あうんの呼吸」でうごくことをよしとしてきた文化
が崩れる、というのは、山岸俊男さんの「安心社会の崩壊」
という視点と同じものを感じますね。

岡本さんは、だからといって日本人の特徴を悪いものと
するのではなく、「世間のモラル」を統一する「正義院」の
ような官庁をつくればどうか、という提案をされています。

これはある種のカリカチュアだと思いますが、その発想は
面白いですね。
ただし、相手を察するのではなく、お互いがきちんと自分の
希望を主張をして、そのうえで合意をとるようなコミュニケーション
スタイルをつくることの重要性も説かれています。

いずれにせよ、その組織の空気(=風土)に日本人は
大きくその行動を左右される人種であることは間違いない
でしょう。

だからこそ、組織の文化は変わりにくいものであるし、また
その文化が変わったあかつきには、その効果も大きいとも
いえるのではないかと思いました。

ただし、本書にもあるように、日本人はどうしても精神主義
や倫理感で解決しようとしがちで、そちらへ引っ張られる力が
強いとすれば、どうやってそれが戻らないようにするか、という
仕掛けもまた重要になってくるでしょうし、

また、倫理だけではない、システムやルールにもしっかり目を
向ける姿勢も合わせて必要でしょう。

最近社内では、会議のスタイルや目的に対してもいろいろな
フィードバックがでていることを聞きます。
こういうことに目が向くということもとても大切であり、
そういう意見をいっていただく皆さんの成長もすばらしいと
感じます。

あとがきで岡本さんはみずから「ツッコミ担当」といわれるように
批判されることを承知の上でこういう視点をあえて示しているようです。
日本人にとって、そして日本の中の組織人として「自由と民主主義とは
何なのか」ということを改めて考える機会をいただきました。

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「プライベート」カテゴリの記事

Comments

下記で岡本薫氏の講演を視聴可能です。
なかなか面白いですよ。

http://www.ef.cuc.ac.jp/KYOMU/grad/info/06pub/20061104/streaming/index.html

Posted by: 重田光雄 | 2009.06.06 at 07:11 AM

世間の世界・空気の世界の信長が必要だ。

Posted by: | 2009.09.24 at 01:47 PM

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